2009年11月11日 (水)

 飲酒。カップル板はNTR的にすばらしい夜のオカズで既婚男性の嫁好きスレは癒し。今日もうごうごうご。

 腹へったけど飯作るのめんどいしすげー豚クセー久留米ラーメン食いてーっつー欲求がムラムラ湧いてきたけど店結構遠くてガソリンもったいないし今月もあんまり金つかえんしでも飯作る気ぜんぜん起きないのめんどいのだからすげー豚クセー久留米ラーメン食いてーでも金……ってループを繰り返しながら読書しとるうちにお腹空きすぎてプルプルしはじめたので妥協案として家でちょっと贅沢なパスタつくろうって買い物に出かけたら日頃の鬱憤が爆発して食材に三千円ぶっこんじまいましたんですぅ>< ヤベーマジヤベー。でも久しぶりに買物満喫した。安売りの鳥の軟骨みつけて、てっとりばやく炒めるか、カラッと揚げ焼きして塩ふるか、キノコ諸々買い込んでソテー塩胡椒ウマー、豚肉安いネー(*´・ω・)(・ω・`*)ネーっつってこれまた強火でソテーされた豚肉の香りと旨みを想起してヘブン! どうすんべーどうすんべーと生来の優柔不断に身をまかせつつ陳列棚の食材の色とりどりのうつろいをオカズに例によって芸術やらなんやらのことを思索すんのもまた楽し。んで買ったのが、

 一軒目激安スーパー:鶏肉(基本)、豚肉(広告品。鶏肉以下の値段!)、万能葱(最近ずっと高値気味だったけど今日は安かった)、100%ぶどうジュース(必需品。見切り遭遇で三本即捕獲。用途は推して量れ)。

 二件目品揃え豊富なセレブスーパー:アンチョビ(勢い)。鶏軟骨(見切り。六十円)、干物(見切り。六十円)。

 三件目大規模大手スーパー:バルサミコ(勢い。つーか勢いなら勢いにまかせてほんとはもうちょっと質の良いもの買いたかった。一種類しかなかったの)、ベーコン(見切り。二件目ではあまりに高価ゆえにスルー)、牡蠣(見切り。しかも元値も比較的安い。安さに惹かれて勢いで購入。ヤベーマジ(r )

 あ、俺スーパーマーケットとか平気ではしごすんのねなんせネバーランドだからあそこ。ぐるぐる売り場回るだけで割合脳汁でるの。何でお前食材に三千円つかうならその分本でも買わねえの? って脳内突っ込みが今飛んできたけど、多分それは原因から予想される帰結と、それまでの過程の脳内に想起する具体性によるんだと思う。本の背表紙からはその本を読むことによって俺にもたらされる知的快感ってのはなかなか予想できないじゃん? 購入して珈琲淹れて菓子用意してさあ本格的にがっぷりやるべえっつって注意力散漫な脳味噌無理に集中させてやんないとさあ。でも料理ならまあ昔から好きだったから大体食材売り場うろついてりゃレシピ湧くし、出来上がった料理の味を想起して涎出るじゃねえすか。あ、話し飛ぶけど、ホームセンターも実は俺のネバーランドなのね。ここ数年さわってないけど、日曜大工好きなのな俺。きのこでもツーバイフォーでも脳汁出るの。あ、ツーバイフォーって木材のことね。今住んでる部屋は2DKで、六畳(押入れ付)+六畳(箪笥収納スペース付)+キッチン(目算八畳)+風呂っつー間取りで三万程度っつーまあ都会人には考えられんであろう家賃なんだけど(羽蟻は大発生するけどね)、六畳(押入れ付)の壁面ほとんど本棚(マンガ)なんだけど、それ全部引っ越し前に実家の庭で、自分で馬組んで電ノコでコンパネ切ってドリルで穴あけてトンカチ叩いて作ったのね。そんでCDラックもキッチンのテーブルも2×4とあまりもんの板と百均の焼いた杉板(これマジ便利)で適当に作っちゃったのな。まあ、見目は悪いが最低限の実用性はなんとか確保してますよって類のもんだけど。ともかくなんかつくるってことにえらい快感を覚えるのよね俺の脳味噌って。でもゼロからつくるってよりは、身の回りにあるもんから脳が想起するところの諸々の帰結と、帰結に至るまでの過程を考えてそれを実践すんのが楽しくてしかたねえっつうか。材料という前提から予想されうる帰結とそこに至る過程ってのは、現実に実践した帰結とそこに至る過程っつーのとはやっぱ違うじゃん、そしたら前者と後者を比較してまたなんか賢くなった気がしちゃうじゃん? 実践から新たに発見することの快楽があるのよね。服買うのも好きで、気に入ったアイテムから全身のコーディネートをいろいろ考えるのも楽しいんだけど、まあ服は単価が高い上に自分の独りよがりなオサレ技術を披露する場も今現在の生活環境じゃ皆無なんでどうしてもその類は後手にまわるんだけど。CD屋なんかもそうだよね。高いのアレ。宝の山を前にして経済的理由により何にも出来ない自分にマジへこむのでもうここ二年くらいは行ってません。知識を拡張する費用がかさみすぎて今のおいらの収入じゃ手に負えん。ぶっちゃけつべやらでどうにでもなるし。まあ日曜大工云々は、今アパート暮らしだし、音出るじゃんあれ。昔っから音に過剰反応すんのと監視恐怖があるから、引っ越してからはできなくなったちゃったんですぅ>< ってヘタレな話なんだけど。以下晩酌。

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 茹でた豚。自家製スモークオイスター。ソースはアンチョビバルサミコオリーブ油inレンジ。たまたま牡蠣が安く売っててスモークオイスターはじめてつくったけどこれはヤベーマジヤベー。ソースかけて食うとマジヘブン。いっつも使ってたお皿こないだ割っちゃったので、今度手ごろなの買いたいなー使い回しのきくやつ。まあ服でも、「これ着まわしきくだろうなあ」って理由で選ぶ場合と、「あーどうしてもこれ着てえ」って勢いで買っちゃう場合があるんだけど、前者は、俺の今現在持ってる洋服との組み合わせっつー所与の条件に規定されるけど、『A:後者は、「ああ、俺この服好き!」』っつー直感によりますなあ。まあ音楽でいえばジャケ買いとかそういう類の話になるんだろうけど、両方がうまいこと一致した物件が大体ワードローブの常連になってるのよね。食材でいえば前者が玉葱とか鶏肉とかいうごくありふれたもので、『A’:後者が変なスパイスとか舶来の野菜とか(レンズ豆とかハラペーニョとか売り場に並んでたら血沸き肉躍るじゃねえすか)』ですよね。あーAとA’は重なってるところもあるけど厳密にいえばだいぶことなる(どういう言い分だよそれ)ますですよはい。言葉の操作がヘタクソだね。俺は俺のカオスを十全に表現する術を持ってないの。ああ、未熟者! まあ、己の保持する文脈に合致しつつ文脈を書き変えちゃうもの(おいらでいうところの野坂昭如とか)に対する幸福な直観と、完全に未知なものに対する知的好奇心は似て非なるものだと思うよたぶん。交わるところも多分にあるけども。酒がまわってきたので、頭がぼけてきたので、もう寝る。皆様どーかおいらよりよい夢を。

2009年11月10日 (火)

 飲んでる。最近考えてることとりあえず垂れ流し。

 先日の休日に県内のショッピングモールにおいてぼくの有力なお嫁さん候補の一人であるところの玉木宏キュンがご顕現なされたそうな。キャー。もちろん俺はバイト入っててぶっこめんかったけど。キャー。ああ、玉木キュン、イケメン、すばらしい、チューしたい。ウェディングドレスに身をつつみどうかぼくのアパートのドアをノックしておくれ。精一杯の誠実さで迎えますから。愛してる。キュンキュン。

 羽蟻真っ盛り。昨日から普通の羽蟻のふたまわりほど膨れた、女王のなりそこないみたいなのがわらわら天井から落ちてきて、もう今日だけで二十匹以上は潰しましたよ。ふつーの羽蟻はそれ以上に虐殺しております。いや、まじで勘弁。生き物殺しすぎたので俺は多分地獄に落ちる。死骸を延々溜めている。二十秒に一回ぽとりと落ちてくる黒い羽虫どもにおいらもう首ったけ。おまえら愛してる。キュンキュン。

 長文飽きた。嘘。まとめる余裕がない。今日もがつがつキーボード叩きましたよ。断片ばかりが溜まります。もうそろそろ寝る。脳味噌キュンキュン。キュンキュンキュン(ハードディスクの読み込みエラー的な音で)。キュンキュン。キュン。キュン……。

 うそぷー。ほんとはきれいなネーチャンと芸術のことばかり考えてます。うまいもん食いてえー! 珈琲がぶ飲み現実逃避。ほんともう寝る。寝かせて。

2009年11月 3日 (火)

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 今日はお誕生日だったので、というかもう昨日になっちゃったけど、朝から妹と父親がメールをくれまして、まあそれだけってのもさみしいので奮発しておいしいケーキを買いました自分で。おめでとう俺! ケーキ屋の無駄に美人な売り子のねーちゃんに、「ローソク一本だけください」って言って、もらって、立てた。真ん中のはキウイのタルト。キウイめさ甘い。ヘブン! もう片方は洋ナシで明日のおやつにとっておく。珈琲は眠れなくなるので少しだけ。横の文庫はもひとつのお誕生日プレゼントです。おめでとう、俺!

 


 それだけじゃパンチが足りんので、自分で自分にお祝いの歌をうたいました。もいっかい、おめでとう、俺! ヒトカラにわざわざ鈍器的重量のMTRと卓上マイクスタンドと、型の古いコンデンサマイク持ち込んでがちゃがちゃセッティング。んで帰宅して録音音源→ミキサのプリアンプ→PCっつーノーエフェクトぴちぴち素っ裸、コンプもリバーブも無しよ、だって機材の電源入れるのめんどくさかったんだもん! という不精仕様。古いといってもさすがコンデンサ、きれいに録れる。自分の耳で聞いてる自分の歌声にすごい近い。Fu! たーのしーい! まあ、半端モンが朗々と歌い上げとるのを聞いてイラッとしてくだしあ>< 調子に乗って他にもちろちろうたって録ったがそれはひとりで部屋であれがだめだーここがいまいちーつって悶々としながら聞くのでご了承。ジャ×××クがこわくてこわくて夜も眠れなくなったら消そうと思います。

 

 つーか音楽ファイル貼るのに四苦八苦して事故って二回くらい記事消しちゃったので、おんなじ文打つのこれで三回目なんで、すげーすげー腹立つ! めんどくせえ! 神様が今日の更新ウンコだからやめとけっつってんのかアァンコラ? つーか誕生日なんぞぜんぜんめでたくねえよもうすぐ三十だし! 明日休日だからどーせバイト死ぬほど忙しいし! みんな死んじまえ! 世界中のラブホに爆弾落ちろ! つかれた! ねむい! もう寝る!

2009年10月28日 (水)

 終日ひきこもる。すこしギター弾いて読書執筆。朝起きてすぐ曲の断片が浮かんでギターのアレンジもうまいこといきそう。最近珈琲飲み過ぎ。一日五杯とかデフォ。のどが張るのでちょっといや。

 やっとソシュールの解説書の二冊目を読了。本の内容を完全理解したとはもちろんぜんぜん言えんけど、すごく面白かった。自分の理解はすごく浅いし、浅いもんを適当にあれやこれやふりまわして遊んでる行儀悪い子に過ぎんのだけど、今んところはまあそれでいいや。

 ふたたびバルトの「零度のエクリチュール」に手をつける。前よりすこし読みやすいのはソシュール頭にとおしたせいだと思う。言葉と概念の結びつきが以前ほど曖昧じゃない。執筆は三枚程度。今年終わるまでに百二、三十枚くらいのを二編仕上げたい。できれば。

 今日は酒飲まず。炬燵布団出す。

2009年10月27日 (火)

 ぜーんぜん金がない。便所の電気は二週間前に切れて放置、インターネット代も払えず来月の給料だのみ。肉が食いたい、牛肉を、薄切りでいいからたっぷり箸でひっつかんで、思いきり口に押し込みたい。

2009年10月23日 (金)

X年後 FF15開発インタビュー

「バシシのゼクがファラウェイにアモルファスを要請するんですよ」
「では重機神は皆、ノーマルではないと?」
「で、ファルシなわけです」
「ええ?今回もですか」
「この時代はファルシがロートロイド化したヴェイサーの下でブレイズオンされてるんですよ」
「それがゼクだと」
「そうです。ギャリング・ジータのロートロイドは極めてゲインなわけで
 これを狙うのがプレスレイルと言うわけです。エナがチャンガしてる状態ですね」
「主人公のプラズマ・ブレイドがカッコいいですね」
「シーク・スペースの力をぺーズ・インした異空間テクノロジーです。
 主にブレイズ・オフと共鳴し、象徴としての存在に限定ビルドを発動します。
 これがスィーヴレベル26Gk(ギガカイル)値を超えた時にユブが反転し
 ニュラルのサイコドール達が真の姿を見せるんです」
「もしかして召喚はそこで?」
「リング・キャパシの度合いにも寄りますが、真・皇・轟のモジュラが揃えば・・」
「ワクワクしてきました」
「おっと。今日は喋りすぎちゃったみたいです」

 

・超美人で高学歴、仕事もバリバリできる先輩がデブで若ハゲな人と結婚した。:アルファルファモザイク

 「私は美人だと見られることに嫌気が差してるので、そういう風に意識しないような人が好きでーす」ってのは裏返せば、「自分の考えを見抜けるほどの知能とタラシ的技能を持った男には簡単に転がされまーす」って言ってるようなもんじゃんって言ったら穿ちすぎだと思うけどさあ、まあ要するに弱点ですよね。自分が生来与えられた肉体的条件によって嗜好の方向性が決められちゃうってわけ。これが俺みたいに「梅干食えませ~ん」とかいうなら自分の飯の選択肢の中から梅干を省けばいいだけなんだけど、この人の場合、「あからさまな美人のことを美人と扱わない人」なんてのはそうそういないわけじゃん、なんたってこの世の大多数の男性は、生まれてこのかた雑誌とかテレビとか社会生活の中で、人間の顔の美醜の基準をゴリゴリ叩き込まれるわけでさあ。彼女のことを美人という色眼鏡で見ている人間の中にも勿論誠実な人間は山ほどいるだろうし、そういう人とも対話によってよりよい関係が築けるかもしんないし、でも彼女は自分で自分の可能性を狭めちゃってるわけじゃん、まあそれには上記のような理由があるから仕方ねえっちゃ仕方ねえんだけど。まあこの記事の元ネタになってる人はそりゃあもう事あるごとに話題にされるくらいとびきりの美人さんなんだろうけどもよ、まあとびきりきれいな人はとびきりきれいな人としてしか生きられねえのかもなあ、つまるところわたくしが多少脳味噌ピーキーなアラサーフリーターとしてしか生きられんように。でもそれって凄いむかつくじゃないすか、思考する動物であるところの人間様であるところのおいらとしてはよ? なんで脳味噌や容貌に縛られて生きてかなきゃならないの? みたいな。顔面も脳味噌も所与のもので、ある程度は生まれ持ったものに従属して生きてかなきゃならんし、無理してそこから逸脱しようとすれば自分が壊れちゃうし、でも言いなりになりっぱってのもすげえいやじゃんねえ。祟り神的肉体に反旗を翻すための破邪の剣としての知性ですわな。人生行路の分岐点に立ったとき、どっちいけばいいのかってうごうごあぐねいてるんじゃなくて、ちょっと脚立でもかけて見晴らしのいいところから、広がる二本の道の先を眺めてみようよ、みたいな。思考は言語でなされるっつー特性によって肉体の外にはみ出すんだよね。例えば本来ネガティブな関係性しか持たないあらゆるシーニュを、パロールに由来するポジティブな関係性で強引に同定しちゃうことによるシニフィエの重層的な結合と解体、というのも文章の技巧のひとつだけども、まあそういう知的遊戯を人類はことばを用いてもう延々繰り返してきてるわけですよアハンウフンおわかり? おっと。今日はちょっと喋りすぎたちゃったみたいですドゥフフドゥクシwww。最後のほうはすっ飛ばしてけとーに書いたしまあ前に書いたエントリも概念間違ってるとこあるから今度直すとか、まあそれもどうでもいいっつーか、いや社会の大半のことはどうでもいいっつーか、そんなこと考えてる自分自身もどうでもいいっつーか。

 長いので隠す。ワイドショー的時事ネタを当て馬に自分語りしてるだけなんで、不快に思う人は読まなくていいですよ!

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2009年10月18日 (日)

 また便所に大発生した羽蟻にキンチョールぶっかける仕事がはじまるお。

 なんつーかこう、テレビの中の人が死んだとかそういうニュースに過剰反応すんのやめようかなあとか良く思うのだけど、やっぱビクッとするじゃないすか、きれいなねーちゃんの画像漁って芸能ニュース的サイトまわってたらヘッドラインが飛び込んできて加藤和彦死亡とか、えーってなって芸スポ飛び込んだらすでに四スレ目とか、まあトノバンの自殺と倉科カナの乳が等価で垂れ流されていくインターネットってなんだかなあって思わんでもないけど、ともかくこういう自ブログのトコロテン式垂れ流し更新ってどうかなあっつうか垂れ流しはいいんだけどそれに人の死ってのが関われば不快に思う人もいるっつうか、有名人の死を当て馬にてめえが悦に浸りたいだけだろうが!」っていうような突っ込みは増田とかのぞいてたらよく見るけど、まあそんな意見はどうでもいいんだけどさあ、いちいち反応してたらきりがないっつうか、確かにファッキンソルト大先生がらみの事件とか今回の訃報にしたってぶっちゃけ自分とはぜーんぜん関係ないもんだっていうのは当然そうなんだけど、結局自分としては、ニュース見たときの「怖っ!」とか「うわっ!」とかいうのに突き動かされて「ああ、なんか言っとかなきゃ」っていう誰も求めてねえ独り言をネットの海の片隅でボソボソやるわけじゃん? 大体今回の訃報に自ブログで反応してる人間だって星の数ほどいるだろうけど、わざわざ「あー有名人死んだなあ、俺悲しみてえからネットに悲しいって書こう」って考えながらキーボードカタカタやってる人間なんてまあいないだろうし、そういう反射的な有象無象の垂れ流しを、おいらが倉科カナのだらしなーい乳画像を漁る程度の惰性と(自慰的な)切実さで俯瞰したちょっとネガティブで考えすぎの若者が上記のような意見を増田にこれまた垂れ流してそれをまた惰性で眺めてるなんやかやがトラックバックして……みたいに色々考えちゃったらきりがないんでもうやめるけど、まあともかく、反射神経の形骸としての言葉がぷよぷよ浮かんでるだけで、当の反射神経自体はキーボード打ってる人間の脳味噌を出てこないっつうかさ、「怖っ!」とか「うわっ!」とかいう心の機微や振幅は人それぞれ違うんだろうけど、それを表出するとみーんな「悲しくてやりきれない」になっちゃって、それを色眼鏡通して雑にまとめると上記の増田みたいになっちゃうというかさ、ほんと、栄養吸い尽くした後のうんこで回ってる感じはするんですけどねネットって。でもそれが悪いとは思わんけど。当のものがない、表層的な関係性だけで世界が過剰に旋回してるっていうか。でもそれってソシュール的な言語の当てのなさそのものだよなあっつーか、人間は言葉で思考するし言葉で表出するし、そもそも反射神経を表出するときだって言葉にしばられてるわけで、でもやっぱ自分の中にはあるわけじゃん自我っつーか、悲しんだりもやもやしたりしてるワタクシってものがあるじゃん? 「言葉はふわふわ漂ってるけどでも俺はここでキーボード叩いてんのよ?」みたいな。たとえそれが思い込みに過ぎないとしても。まー自分はどっちかと言わんでも考えすぎて考えすぎて常に二の足踏んじゃうようなポコチンだけどもですよ、この更新だって起き抜けに布団の中で考えすぎて朝飯も食わずにカタカタやってるわけだけどもよ? まあ考えるのは足出しながらでもできるじゃないすかそれこそこの更新みたいに有名人の訃報とそれに対する自分の反応を考察するためにキーボード叩いてたら結局言葉やらなんやらとかいう今現在考えてることにいきつきました、みたいな。これだって昨日の夜に飲酒しつつ垂れ流した自サイトの更新がなけりゃ表出されなかった思考の道筋じゃねえすか。まあ結局自分がいかにおんなじことしか考えてないかってことの証左ですけれど。ほんとおいらは芸術ときれいなねーちゃんとうまいもんのことしか考えてねえっつーかそれ以外は形而下の些事なんで、脳味噌うごうごいわせてる自分自身も含めてどっかにうっちゃってればいいやあははーみたいな。まあ話それたけど、ともかく足出さなきゃ反射神経もうごかねえっつーか、反射神経がうごかなけりゃそれに対する考察も生まれないし、新しいものを得るための脳内弁証法も作動しないっつうか。まあここで今日書いたことはぜーんぶ、極めて観念的な脳内自慰の開陳でしかないとしても自分はキモチイイっつーか、脳内で完結してるけど少し脳味噌膨らんだかんじはあるし、観念的いきものであるところのおいらからすれば足出してる感はあるっつーか、そんなこんなで腹へったんでそろそろご飯食べるけど、これと同じような突発的な長文のかけらの、こないだからぼろぼろ書いてんのが字数はかったらもう9000字くらいあって、ほんととりとめがないっつーか内容はないようみたいな読み返してどうしょーて思ったけど、そんでもっと断片的なのならまだそれ以上にあるのだけど、しかも小説も書かなきゃいけないし本も読まなきゃいけないしギターも弾かなきゃ指が動かなくなっちゃうしお歌のお稽古もしなきゃいけないし蟻んこにキンチョールだってぶっかけなきゃいけないし! まあほんとやること多すぎて脳味噌ついていかんけど、どうにか足出していかなきゃなあって思うからこれからもぐだぐだ垂れ流します。独白終わり。飯食う。

 天井から舞い落ちる羽蟻どもの乱舞を目の当たりにしながらおいらの部屋の天井裏に住まう昆虫どもの生活を夢想しつつ、もう既に季節的に寒々しいであろう軽井沢の大気から阻害された、人工的空調の整えられたセレブなホテルの部屋の一室の特別密閉空間であるところの浴室で首吊って死んだ加藤和彦に乾杯。悲しくてやりきれないっつったらどうにか辻褄があうか。いや、他になんかあるかもないかも。もう寝る。

2009年10月 9日 (金)

 今日は終日憑き物とれず。バイト先で延々頭疼痛。長文書きてー書きてーけどそんな暇あったら小説書かなきゃ間に合わんのでちょっと長文お休み。ソシュールとメルロ=ポンティに手をつけておる。

2009年9月29日 (火)

 感受性のピーキーな日ってのがやっぱありましてさあ、立ち読みのサンデーの月光条例で涙ちょちょぎれそうになったり車ん中でCD聴いててもいつもより脳にキたり、あー今日やべえなあ気をつけなきゃなあって自分でもわかるのね。ギター弾いても文章書いても楽しいだろうなあいいアイデア浮かびそうだなあとか、割と躁的なんだけどその分揺り返しもひどくって、些細なこと(テレビやネットのいやなニュースとか)で躁がごろっと裏返っちゃうのな。だからあんま珈琲過ごしたりお腹空かせすぎたり(胃がからっぽになると気分が悪くなったりプルプルしやすくなる)しないようにしとかなきゃなあって考えながら今珈琲飲んでんだけどさ、ともかく過敏な日ってのがあって今日もそういう感じなんですけど。

 んで昨日酒飲んでて、思い付きで頭ん中の思考のパターンに名前つけたんですよまだ仮名だけど。「地獄の脳髄検索プログラム」つって、例えば今日俺がものすごい調子のいい日だったりして、ああ今日はいい日だな精神的に調子もいいし休みだしヒトカラ楽しかったし、ずっとこういう日が続けばいいのになあ、あーでもずっとこういう日が続くわけないし、しんどいときはしんどいし、今日だってどうせなんかの拍子に気分がどっと落ちこむんだそうに決まってる決まってるよクソッタレじゃあそれってどんな拍子どんな拍子? ねえ? ねえ? 例えばこんなんでしょほらほらほらカチカチウィーン、「おとついバイトで失敗したねえ。ついこないだだからまだ記憶に鮮明に残ってるでしょお前の馬鹿さ加減がドゥフフwww」、あるいは「ちょっと古いネタだけどなんせ強烈だったから、まだまだ刺激的でしょお客さん。どう? ○年前に××した例の思い出だ!」てな具合にわざわざ過去のネガティブな事例を脳の中からひっぱりだしてきておいらの眼前に開陳すんのな。嫌な記憶の押し売り。「ヘイラッシャイ、なに握りましょ!」って頼んでないっつーの。あーなんか「地獄の寿司屋(ねじりはちまき)」とかでもいいような気がしてきた。

 もう物心ついたときからお馴染みなのにそもそも名前をつけるって発想自体がなかったっつーか、「あ、名前つけれた!」ってな具合になかなかエポックだったんですけれど、まあ別に名前付けたからって寿司屋がいなくなったりするわけじゃねえけどさ、幕ノ内一歩の父親が、「喧嘩するときは相手の顔をマグロだと思え!」とか言ってた(だいぶうろ覚え)的な、よくわかんねえものを自明のものにして(できなくてもとりあえずできたということにしておいて)恐怖をとりのぞくっつー心のメカニズム? 名付けることは呪うことだーみたいなさ、そういう方面あんま詳しくねえからたいしたこと言えんけど。A+(B+C×D+E÷F……+Z)みたいな長々とした数式にとりあえずAと名前を付ける→A以外の要素BとかCとかをなかったことにする→俺頭悪いけどAなんぞ怖くもなんともねーよただの英数字だろwwwプゲラウッヒョーwwみたいな。カオティックな概念野で陣地取りやってるシニフィエにすぽっとシニフィアンをかぶせました、こいつはもうもやもやしたもんじゃなくて、わかりやすい既知のものですよ、お前の好きに料理しな! 言葉をズラせ! みたいな。

 まずわかんないものをわかるように固定しちゃうんだよ。ここでは思考パターンを検索プログラムにして、それから寿司屋にしちゃうのな。そんで敵は寿司屋だ! ってことにして、じゃあ食中毒騒ぎがおこったら困っちゃうだろう仕入れたネタに馬糞のかけらなすりつけてやれそんで客が腹壊して病院に駆け込んで通報されて保健所にごっつりしぼられてろこのボケどうだまいったかみたいなね。実際に俺の頭ん中でオッサンが寿司握ってるわけじゃないじゃん脳髄に血液は流れていてもさあ、でも思考のパターンと寿司職人との間にある無限の断絶をすっ飛ばして、食中毒による店舗閉鎖で解決できたことにしちゃうんだ無理矢理。まあ、言葉の詐術なんだけどさ。だから字書きなんぞ押並べて嘘吐きなんだってばさでも詐術だって極めれば魔術だよねえとかまあそれはどうでもいいことなんだけどもよ。ともかく扱いやすくして都合よくやっつけるのね。

 でも実際はそんな作業は観念の中だけで完結しちゃって現実的には俺は俺の検索プログラムをどうしたって制御できねえわけ。脳髄は相変わらずカオスのまんまだし、逆にあったかいシニフィエの羊水から寄る辺ねえシニフィアンの浜辺に打ち上げられた寿司屋が自らの生存と職人としての矜持を守るために自分で魚釣って石削って包丁拵えて「無人島寿し」とかはじめちゃってさあ、ピチピチ釣りたての魚捌いて舌も包丁技術も冴えちゃったりして以前にも増しておいらに刺激的なネタを提供するようになっちゃったら本末転倒じゃないすか。寿司屋と名付けられなけりゃ彼が職人の誇りをバックボーンにして死中に活を見出すこともなかったわけで、そうなりゃ結局俺のしたことっていたずらに敵をパワーアップさせただけ? いやいやじゃあ今度は寿司屋の極まった技術に「秘貝合わせ」とか「アワビ刻み」とかっつーやる気まんまんチックな名前付けておとしめちゃろうこりゃいいこと思い付いたドゥフフってな具合に最初の方へ戻る、みたいな。要するにシニフィエとシニフィアンの横滑り的往復でどんどん複雑多様広範囲になっていくわけよ思考が。意識と無意識のキャッチボールですよね。だんだんお互いの距離を離してくの。挟まれてるこっちの身にもなってみろっつーの。

 落ち葉を見れば森を思い、利潤を追求して環境破壊を促進する先進国の大企業を想像し、それに果敢に立ち向かう無力なロビン・フッドに自らを投影しちゃうような中二的ロマンチッカーなおいらがうっかり妄想を滑らせたが故に、脳味噌の中で巨大な企業複合体と変な世界的宗教団体と地球を狙う宇宙人との三つ巴の世界大戦が勃発しちゃったらたまったもんじゃねえじゃねえすか。ロビン・フッド完璧おいてけぼり。「この森には銀河の覇権を握るための古代人の叡智が隠されている!」とかなんじゃその飛鳥昭雄。まあそういう世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン的なシッチャカメッチャカに陥らないためにも、こうやって自分の思考の道筋を長々と綴ってるっていうのはありますん。書きおこすことによって客観視できるのな。名前をつけるのと一緒。限定化。

 思うに文学作品における構造ってそういうとこから生まれるんだと思うのよね。複雑なからだが複雑な構造を志向するっつーか。自分の気持ちに整理をつけるための傷心日記のハイグレードバージョン。阿部和重の「アメリカの夜」もそんな感じじゃん。笙野頼子の最初期の作品にもそういうのあったし。自分を分割して自己言及するみたいな。まー詳しくはそれらの作品を読んでみてねおいらの垂れ流しの駄文読むよりよっぽど有意義だからって適当にしめておく。とどのつまり身体が構造を生むんだよね。やっぱ芸術ってからだとショーペンハウエル先生的にいうところの知性のせめぎあいなんだと思うよ。めんどくさい身体性を持った人間の、からだをどうにか乗りこなすための闘争の必然的な余剰物っていうかさ。自分のからだと戦うのだからもとより勝てる見込みなんぞこれっぽっちもねえのだけど。

 あと、字書きってほんと解体的ですよね。歌唱なんつーのは統合的なんだけどさ。声の響きや音程を全身をつかって上手にコントロールする、身体性をきれいな声としてぎゅっとまとめて顕現させる、みたいな。作品と作者が比較的イコールで結ばれやすいと思うの。スポーツと同じ。テクストは間逆で、自分の身体性を客観的に腑分けして記号の羅列に変換するわけよ。シリツシマセウ切リ裂キマセウ、解体! 加工! 製品化! めんどいなー救われねえなー、まったく因果な商売だなーってお歌横好きの字書き志望がぼやいてみましたよっと。

 まあ寿司屋だけじゃなくていっぱいいるんだけどさ。ぱっと思いつくのなら、初対面の人間に対する根拠不明の罵倒と分類の、過剰な援護射撃をこれまた頼んでもないのに勝手におっぱじめる「乱れ撃ちマック」とかさ。要するに性格悪いんだよね。裏返した腹がどす黒い! 他にわかりやすいので言えばサトラレ妄想とかね。まあ俯瞰できてるからいいんだけど。よくねーよクソッタレ! あーあんまこんなことばっか書いてたらデンパなひとだと思われてしまう。電波イインッッ、蔑みの視線イインッッ! よくねーよクソッタレ。つーか面々ツインテール女子にでも擬人化すりゃいいんじゃね? って今思い付いた。物心ついたときからの幼馴染ですよ! 意地悪すんのも愛情の裏返しだよねわかってるわかってるよ俺にはなんせ度量の広い童貞王だから。うん、もちろんすべて受け入れる。かわゆすなあすてきすなあハートキュンキュンすなあおっしゃー愛に殉ずる覚悟完了! って不吉だーあはははは。しかしまああの、ちょっと隙を見せたら脳髄にじわじわコールタールみたいに粘着に染み込んでくる、どす黒いうつってのはもうどうにもならんね。いっちゃんキツイ。まったくすべてのツインテールの御母堂すなあテラ根源的すなあ胸がキュンキュンついでにキン○マもキュンキュンキュンと縮み上がっちゃうの。あれにちゃんと名前を付けるにゃ骨が折れるだろなーけったいな女。

 あと、「地獄の脳髄検索プログラム」って書いたけど、そういう表現をするにはまずグーグルやヤフーみたいな検索サイトの存在や、人間様の脳味噌の記憶の貯金箱的側面とインターネットというものを同定するっつー考え方が下敷きとしてあるわけで、おいらの今までの人生の後半戦以降から登場してきたもんが、物心ついたときから意識してた思考のパターンに名前を付けちゃったってのもなんか面白いけどねえ。俺の脳味噌の一部はグーグルでできています、みたいな。原始的でカオティックな脳味噌の働きと、没個性的機械的な最新鋭のコンピュータープログラム的イメージが同定されちゃうっていうかさ。ぽっと出の新顔に規定されちゃう人間様という概念の脆弱性ワロタwwwみたいな。ちょっとうまい比喩思いつくのめんどいからここではこれ以上言及しねえけど、もちろん言及できる知識もねえのだけど、まー人間ってなんとも柔らかーいもんだよね。肉体的境界なんて人間っつー存在の相のひとつに過ぎねえってほんと思うよ。逆にインターネットの方が人間様を模倣したって言えんこともないんだろうけどさ。まあそういう頭の良さそうななんやかやは実際に頭のいいひとにお任せしてしまうま。丸投げでザッツオール! あーこんなことばっか書いてるから小説がぜーんぜんすすまねえよ畜生。

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